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東京地方裁判所 平成11年(ワ)20510号 判決

原告 北條武八郎

右訴訟代理人弁護士 井口克彦

被告 新日本商品株式会社

右代表者代表取締役 島津嘉弘

被告 田村総栄

被告 竹尾紀代孝

右三名訴訟代理人弁護士 肥沼太郎

同 三崎恒夫

同 川戸惇一郎

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金五五六万三七六六円及びこれに対する平成一一年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金九〇九万〇四一〇円及びこれに対する平成一一年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大正八年生まれの原告が、被告新日本商品株式会社(「被告会社」)の社員である被告田村総栄及びその上司である被告竹尾紀代孝らの電話または訪問による勧誘を受けて被告会社との間で商品先物取引の委託契約を締結し、約二週間の間に、合計一七二三万円の委託証拠金を預託して、東京穀物商品取引所に上場されるとうもろこし(「コーン」)一二五枚の買建て及び東京工業品取引所に上場されているゴム(「ゴム」)一六〇枚の売建ての総計二八五枚に上る取引(取引総額六一六二万八〇〇〇円)を行い七七九万〇四一〇円の損失を被ったところ、被告らの勧誘行為は、適合性原則違反・不適格者の勧誘、説明義務違反・危険性の不告知、断定的判断の提供等による違法な勧誘行為であるとして、被告らに対し、不法行為(民法七〇九条、七一五条)に基づく損害賠償請求として、右損失相当額、慰謝料五〇万円及び弁護士費用八〇万円の合計九〇九万〇四一〇円の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、大正八年九月六日生まれの男性で、昭和一八年に東京帝国大学工学部を卒業後、昭和二〇年に株式会社月島機械に入社し、昭和四五年には同社の取締役に就任した。その後昭和五五年には株式会社東洋工機取締役に就任、昭和六〇年には株式会社月島機械の監査役に就任し、昭和六二年に同社を退社後は、主として年金収入(一か月約三〇万円)により大正一四年生まれの妻とともに生活をしていた。保有資産としては、右年収のほか、預貯金約一八〇〇万円、有価証券関係では月島機械の株式五〇〇〇株、本田技研の株式一〇〇〇株及び投資信託、原告住所地の居住不動産(土地面積約一〇〇坪)のほか、静岡県田方郡伊豆長岡町に約三〇〇坪の宅地、北海道釧路に約六五〇坪の山林を保有していた。

(二) 被告新日本商品株式会社は、商品取引員として商品先物取引の受託、媒介委託、仲介等を業とする会社であり、被告田村及び被告竹尾(営業部長)は同社の従業員である。

2  本件取引に至る経緯

被告田村は、平成一一年四月二日、午前一〇時ころ、原告宅に電話をかけ、原告に対し、コーンの先物取引について説明をするとともに取引開始を勧誘し、同日午後一時ころ原告方を訪問する約束をとりつけた。原告方を訪れた被告田村は、コーン相場のチャート(甲一八、一九)、メモ(甲一七)、商品先物取引委託ガイド(乙三の一)、同別冊(乙三の二)、受託契約準則(乙二)などの資料を交付して、原告に先物取引の仕組み、コーン相場の推移等について説明した上、コーン相場の値上がりを予測し、原告に対し、コーンの買いを勧めた。原告は、コーン一〇〇枚を買う方向で手続を進めることになり、約諾書(乙一)に署名押印して被告会社との間で商品先物取引委託契約を締結し(「本件委託契約」)、同時に商品先物取引口座設定申込書(乙四)、確認書(乙五の一、二)を被告田村に交付した。同約諾書には、先物取引の危険性を了知した上で東京穀物商品取引所等の定める受託契約準則の規定に従い被告会社に同取引所における売買取引を被告会社に委託する旨の記載があり、右申込書等には、原告は取引の仕組みや危険性等について理解した旨の記載がある。右取引に必要な委託証拠金八〇〇万円については、原告が、週明け月曜日の同月五日に、定期預金一〇〇〇万円を解約して用意する段取りとなった(甲二六、二九、乙一四、一五)。

被告田村が同日午後四時ころ上記経緯について上司である被告竹尾に連絡したところ、被告竹尾が自ら同日中に原告の取引意思の確認等を行いたい旨述べたことから、同日中に被告竹尾を伴って再度原告方を訪問することになり、被告田村は同日午後四時過ぎころ原告方を一旦辞去した。被告竹尾と被告田村は、午後六時三〇分ころから一時間ほど改めて原告方を訪れ、今度は被告竹尾から原告の取引注文の再度確認をするとともに、委託証拠金の授受についての打ち合わせ等がなされた。

3  本件取引

原告は、右委託契約に基づき、同年四月五日から同月一六日までの間に、別紙取引明細記載のとおり、東京コーン一二五枚の売付け、東京ゴム一六〇枚の買付けを行い、同月一九日、これらの建玉をすべて仕切って結局七七九万〇四一〇円の損を出して取引を終了した(「本件取引」)。その経緯は、概略次のとおりである。

(一) 原告は前記打ち合わせに基づき同月五日午前一一時ころ原告方を訪れた被告竹尾及び被告田村に対して委託証拠金八〇〇万円を預託し、コーン先物(三月限)を同日後場一節及び三節で各二五枚ずつ、翌六日前場一節及び三節で各二五枚ずつ買い付けた。

(二) 原告は、同月二日の打ち合わせの際、被告竹尾から、解約予定の定期預金一〇〇〇万円全額を委託証拠金に充てればコーン一二五枚の買建が可能である等として更に二五枚の買増しを勧誘されていたことから、同月六日午前一一時頃、原告方を訪れた被告竹尾にさらに証拠金二〇〇万円を預託し、同日後場三節で前記コーン二五枚を買付けた。

(三) 同月八日午前一一時ころ、被告竹尾が原告方を訪れ、さらにゴムの売付けを勧めたため、原告は、翌九日午後一時ころ、再度原告方を訪れた被告竹尾に対し、保有していた月島機械株式会社の株式五〇〇〇株を委託証拠金として預託するとともに(乙一〇)、ゴム(八月限)を同日後場二節で五二枚、同月一五日後場三節で五八枚の各売付けを行った。原告は、同月一二日付けで有価証券売却依頼書(乙一一)を提出し、同月一五日、右売却代金五〇四万七八九五円が委託証拠金に現金入金された(乙八)。

さらに同月一六日正午ころ、原告は、原告方を訪れた被告竹尾に対し、委託証拠金二一八万円を預託し、同日後場一節でゴム(八月限)五〇枚の売付けを行った。

(四) この間、被告竹尾は、同月九日、一五日、一六日にそれぞれ原告方を訪れた際、本件取引に係る残高照合書を原告に提示し、確認の署名・押印を得ている(乙一三の一、二、三)。

4  本件取引の終了

原告は、同月一七日たまたま原告方を来訪し本件先物取引関係の書類に気づいた同人の息子北條敦雄から即刻本件取引をやめるように強く忠告され、同日、被告竹尾に電話で、取引を終了したい旨伝えたが、被告竹尾から、なるべく損が出ないように徐々に終了する旨回答され、その日のうちに手仕舞はされなかった。原告から右経緯を聞いた北條敦雄は、同月一九日朝、被告竹尾に電話で即刻全取引を終了させるよう要求したが、被告竹尾は、現時点で手仕舞すれば損が出る、原告本人の意思確認ができないと手仕舞できないなどとしてこれに応じなかったため、北條敦雄は、このまま原告にまかせていては事態の収拾は困難であると判断し、日本商品先物取引協会に苦情申立てを行った。この連絡を受けた被告竹尾は、同日、所要の手続を経て全建玉の決済を行った。

その結果、本件取引による帳尻差損金は七七九万〇四一〇円(被告会社の取引手数料一八八万四二〇〇円を含む。)となったため、被告会社は、同月二二日、原告の委託証拠金から相当額を右支払に充当し、残金九四三万七四八五円を原告の銀行口座に振り込んで清算した(乙八)。

二  争点

1  被告らの本件商品先物取引勧誘行為は違法性を有するものとして不法行為を構成するか。

2  原告の損害額(過失相殺)

三  原告の主張

1  本件商品先物取引勧誘行為の違法性

本件被告らの勧誘行為は、次のとおり信義則上の義務に違反した違法なものであり、不法行為を構成する。

(一) 適合性原則違反(新規委託者取引量制限違反を含む)・不適格者の勧誘

(1)  原告は、本件取引の当時七九才の高齢で、一〇年以上以前に会社を退職後無職で、年金によって生活している。先物取引の経験はなく、少し以前から老年性痴呆が始まり、自宅の電話番号を失念し、放浪を繰り返すようになっており、判断能力は著しく低下した状態にあった。したがって、原告は被告会社が定めた委託業務管理規則(甲一三。「管理規則」)三条が取引への勧誘対象とすることを禁止する禁治産者、準禁治産者または年金生活者に該当する。かかる勧誘行為は、商品取引員として、相手方たる一般消費者が客観的、類型的に先物取引不適格者に該当すると認められるときは、勧誘、受託を行わないようにすべき信義則上の義務に違反している。

(2)  また、新規委託者については、習熟期間として、取引開始から三か月間は建玉二〇枚以下の取引に制限する旨、委託業務管理規則等で定められているところ、被告らは、かかる制限を無視して、取引開始直後の二日間に委託証拠金一〇〇〇万円を徴求してコーン一二五枚にのぼる取引を、二週間の間にゴム一六〇枚の取引を行わせた(取引総額合計二億三六四二万八〇〇〇円、預託させた委託証拠金一七二三万円)。これは明らかに原告の能力を超えた過大取引で、商品取引員として顧客の能力に不相応な取引を勧誘・受託してはならない信義則上の義務(適合性の原則)に違反している。

(二) 説明義務違反・危険性の不告知

商品取引員は、顧客に対し、商品取引の仕組み及び危険性について事前交付書面に基づき十分説明すべき義務を負い、受託業務規則五条四項は、右十分な説明なく先物取引を勧誘、受託することを禁止している。

本件原告のような高齢者に対しては、特に懇切丁寧に説明を行い、顧客がそれを十分に理解し自己の判断による取引意思を確認しなければならないところ、被告らは、取引により被る可能性のある損失の危険性、追証拠金の支払が必要となる可能性等危険性の説明をしなかった。

(三) 断定的判断の提供

一般消費者保護の観点から、商品取引所法一三六条の一八は、受託業者に対して、顧客に対し利益を生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して委託を勧誘することを禁止している。

被告田村は、平成一一年四月二日、原告方で原告に対しコーン相場のチャート(甲一八、一九)、メモ(甲一七)等を見せながら、コーンは一万三〇〇〇円から相場は反転して必ず一〇〇〇円以上値上がりする、一〇〇枚取り引きすれば一〇〇〇万円の利益が確実にあがるなど断定的な判断を示したほか、再三にわたり絶対にもうかる、損はしない旨を繰り返して勧誘した。これは、右商品取引所法の規定に違反する違法な勧誘行為であり、不法行為を構成する。

(四) 一任売買

先物取引の経験の浅い者は、とかく受託業者に取引内容の判断を委ねてしまう傾向にあり、これが受託業者の利益を追求する過当取引を誘発しやすいことから、商品取引所法一三六条の一八、三号及び同施行規則四五条は、商品市場における取引につき、数量、取引の種類と期限、対価の額等について具体的に顧客の指示を受けずに受託することを禁止している。

原告は本件取引においてこれらの事項を具体的に被告らに指示したことはなく、実質的には被告らにおいてすべての要素を決めた上で原告の形式的な了承を得ていたのみであり、実質的に一任売買に該当する。

(五) 手仕舞拒否

被告らは、原告が平成一一年四月一七日、手仕舞を申し入れたにもかかわらず、被告らの利益を確保するため、損にならないよう徐々に終了するなどとして仕切りを拒絶した。

2  過失相殺について

専門家の受託業者外務員が強引な勧誘をし、取引を拡大継続させた場合、これを拒絶するのは極めて難しく、被害者の過失を認定し減額するのは酷な場合が多く、また安易な過失相殺が業者の悪質行為を助長する結果となる。本件原告は、痴呆症状のある高齢者であり、明確な取引不適格者であって、取引内容等ほとんど判断することができないまま取引に引き込まれた者であるから、過失相殺は問題となり得ない。

四  被告らの主張

1  本件商品先物取引勧誘行為の違法性

(一) すべて否認し、争う。

(二) 適合性原則違反(新規委託者取引量制限違反を含む)・不適格者の勧誘について

本件取引当時、原告は老人性痴呆状態にはなかったか、あったとしてもまだ顕在化していなかった。

第三争点に対する判断

一  本件先物取引勧誘行為の違法性について

1  適合性原則違反・不適格者の勧誘の主張について

(一) 日本商品先物取引協会が自主規制規則として定めた「受託等業務に関する規則」(甲一一。「受託業務規則」)は、その三条(適合性原則)において、「会員は、商品市場における取引について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる受託等業務を行ってはなら」ず(同条一項)、「会員は、取引開始後においても顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不相応と認められる過度な取引が行われることのないよう、適切な委託者管理を行うものとする」(同条二項)旨規定するとともに同五条において、「会員は、法その他関係法令及び受託契約準則に規定するもののほか、次に掲げる行為を行ってはならない」として、「(1)  知識、経験及び財産の状況に照らして商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘し、受託し、または委託の取次を引き受けること」を規定している(甲一一、第二章第一節)。

また、右受託業務規則七条に基づいて被告会社が独自に規定している「受託業務管理規則」(管理規則。甲一三)は、その三条(的確性の審査)において、「当社は次の各号に該当することが判明したときは、商品先物の委託の勧誘及び受託を行わない」として、「(1)  未成年者、禁治産者、準禁治産者及び精神障害者」、「(2)  恩給、年金、退職金、社会保険給付金等により主として生計を維持し、余裕資金をもたない者」を規定し、かかる適格性を審査するため、顧客の自署により勤務先、年収、先物取引等の経験の有無等の顧客情報を記載させた口座設定申込書を徴求し、これを被告会社の管理部門が審査し、これに基づいて管理部門者が直接顧客と連絡をとった上で取引を承認することとされ、右承認が得られるまでは営業担当者は顧客から売買の注文を取り付けてはならないことと規定されている(同条四項)。さらに、顧客のうち「商品先物取引の経験が三か月以上あるもの以外は、未経験者として扱」い、「未経験者については、取引開始後三か月は、口座設定申込書に記載されている当初予定資金内での建玉枚数を限度と」し(「当初予定資金」とは建玉の本証拠金の合計額とし、追証拠金、臨時増証拠金、定時増証拠金は除く。)、「万一当初予定資金限度額を超える取引の要請が委託者よりあった場合には、原則として委託者からの申出書を徴収するとともに管理部の責任者は、直接委託者よりその旨の資金力、理解度を再確認した後、当該営業担当者に所要の指示を行い、当該委託者の管理に万全を期すものとする」旨規定されている(七条)。

(二) かかる規制が定められているのは、商品先物取引が、少額の委託証拠金によって多額の取引を行うことができる投機性の高い取引であって、僅かの値動きで多額の差損益を生じること、損計算になれば、取引終了まで損失が増大し続け短期間のうちに預託した委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生することも少なくないこと、しかも商品先物取引市場における相場は、需給のバランスのみならず、政治、経済、天候、為替相場等複雑な要因が絡み合って変動するものであって、その予測は極めて困難であり、リスクの高い取引であることから、これらの特性に鑑みると、判断能力、資金力等からある程度客観的、類型的に商品先物取引に参入する適格を有しない者を合理的に観念することができ、また右適格自体は認められる場合でも取引経験、資金力等に照らし取引量等を一定限度に制約すべきであると認めることができる一方、取引手数料を収入源とする受託業者には構造上本質的に顧客勧誘の強いインセンティブが存在するところから、かかる不適格者が商品先物取引に参入し、損失を被ることを未然に防止しようとするところにあると考えられる。

かかる取引の特質、自主規制の趣旨及び社会通念に照らせば、商品取引員は、一般消費者に対する商品先物取引の勧誘・受託に当たっては、右顧客が前記のような不適格者に該当しないか否か必要な調査を行い、客観的、類型的にみてその者が不適格者に該当する場合、または、その取引がその者の資金力または判断能力等に鑑み不適格である場合には、その取引の勧誘、受託を行わないようにすべき信義則上の義務を負うもの(適合性原則)と解するのが相当であり、商品取引員及びその使用人において、右義務に違反し、必要な調査を怠ったり、不適格者あるいは不適格な取引の勧誘、受託を行った場合には、不法行為として生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。

(三) これを本件についてみると、次のとおりである。原告は、前記第二の一(争いのない事実等)記載のとおり、大正八年九月生まれの男性で、東京帝国大学工学部を卒業後、月島機械工業取締役、監査役等を務めたが、昭和六二年に同社を退社した後は、社会の第一線を退き、主として年金収入により生計を維持していた者であり、被告らから勧誘を受ける以前に商品先物取引の経験はなく、株式等の現物売買については以前わずかに取引経験はあるものの頻繁ではなく、平成八年ころ投資信託に切り替えた後はまったく行っておらず、本件取引当時保有していた月島機械の株式は原告が同社在勤中に自社株を取得したものであり、本田技研の株式は原告の子北條敦雄の勤務先であることから取得し保有していたに過ぎない(甲二八、乙一四、弁論の全趣旨)。原告の右年齢及び収入源等に鑑みると、原告は「年金等により主として生計を維持し、余裕資金をもたない者」として商品先物取引不適格者に該当する者とも判断できそうである。しかし、確かに原告の主たる生活資金は年金収入ではあったものの、前記争いのない事実等に記載のとおり、相当程度の預貯金、有価証券、不動産等の資産をも有していたのであり、取引不適格者規制の前示趣旨に鑑みると、この点で本件原告が客観的、類型的にみておよそ商品先物取引に参入する適格性がないとして排除すべき者と断じることは難しいと言わざるを得ない。

また、原告は、本件取引当時、加齢による判断能力の衰えにとどまらず、老年痴呆の状態にあったとして、「未成年者、禁治産者、準禁治産者及び精神障害者」として不適格者に該当する旨主張する。確かに、甲二九、三〇、証人北條葉子の証言にはこれに沿う記述ないし供述があり、平成一一年一二月一六日付け診断書(甲三一)によれば右時点で原告がすでに継続して老年痴呆の通院加療を受けていること、平成一二年五月一一日に行われた原告本人尋問の結果によれば右尋問時点において原告の記銘力、判断力は相当衰えていることが認められる。しかし他方、原告の妻である証人北條葉子は、原告の痴呆症状が特に進んできたのは平成一一年一〇月以降である旨供述していること、本件取引当時、原告の痴呆を心配していたとしながら、本件取引についての判断はそれ以前に例のないような高額の取引であるにもかかわらず基本的に全て原告の判断に委ねていたというのであって、右証言は同人自身の高齢(本件当時七四才)を顧慮してもなお不合理と言わざるを得ないこと、被告田村及び被告竹尾は一貫して本件取引当時、原告の受け答えの状況からして痴呆を疑わせる兆候は認められなかった旨主張、供述していること(乙一四、一五、被告田村、被告竹尾各本人尋問)、原告自身関係書類に必要事項を的確に自書していること等をあわせ考えると、痴呆の点に関する前記北條葉子の証言等をそのまま信用することはできず、本件全証拠によっても、本件取引当時原告に一定の記銘力、判断力の衰えがあったにせよ、禁治産者や精神障害者と同視し得るような痴呆状態にあったものとまで認めることはできない。また、このような高齢者を無差別の電話勧誘によって積極的に先物商品取引に引き入れる対象とすることについては、相当性に疑問なしとしないものの、加齢による判断能力の衰え自体については、個人差があり、前記同様、年齢のみによって判断能力等の点から適格性を一律に断じることには困難であるから、結局、この点でも、原告を先物取引を行うについて客観的、類型的不適格者と認定することはできないと言わざるを得ない。

(四) しかし、本件では、前記争いのない事実等記載のとおり、取引開始からわずか一〇日間余の間に合計二八五枚に上る取引を受託し、合計一七二三万円の委託証拠金を委託させたというのであり、被告会社自身が定めた管理規則上の取引未経験者に関する取引量についての制限を大きく上回っている上、原告は、前記のとおり、年齢、収入状況、生活状況、取引経験等からそもそも商品先物取引に本件のような形で積極的に勧誘すること自体相当性に疑問なしとしない状態であること、本件取引の経緯をみても、原告に取引開始の可能性ありと見るや週末をはさまずその日のうちにこれを確定的にするため夕方遅くに再度原告方を訪れ取引意思を固めさせ、委託証拠金に充てるために解約する定期預金に二〇〇万円の余裕があるとみるや即座に取引の上乗せを勧誘し、その後も、通常であれば営業部長自ら顧客方を訪問して取引を行うことは稀であるにもかかわらず、被告竹尾はほとんど毎日のように自ら原告方に出向いては、たたみかけるように取引を勧め、委託証拠金の原資になりそうなものを次々と換金するよう仕向けて、売買を行わせていること等、諸般の事情に照らすと、全体として、本件取引の勧誘及び受託が、前記(二)記載の適合性原則の趣旨に照らし、原告の資質、能力に応じて相応の範囲内であったとは到底評価することはできず、明らかに適合性を欠いていると言わざるを得ない。

この点に関し、被告らは、被告らとしては平成一一年四月二日当時原告が依然月島機械の監査役の職にあり、年金のほかにその収入もある旨原告から聴取し、そのように認識していた等として右を争う。確かに、原告自身の手による商品先物取引口座設定申込書(乙四)には、勤務先として月島機械が記載され、役職欄には社友(監査役)の記載があるほか、月島機械に監査役として在勤した当時の名刺(乙九)が被告らに交付されていること、被告会社の原告に関する顧客カード(甲三四)には、職業欄に月島機械・監査役の記載があるほか、連絡先として会社(月島機械)の住所及び電話番号が記載されていることが認められる。右口座設定申込書の記載内容、既に退職して久しいにもかかわらず在勤時の名刺を交付していること、前記認定のとおり当時は未だ痴呆と言える状況ではなかったこと等からすると、原告には多少体裁を繕う傾向がうかがわれ、少なくともこの点につき原告に被告らの誤解を招くような言動があったことは認められると言わざるを得ない。しかし、前記口座設定申込書には現職ではないことをうかがわせる「社友」の記載もあり、また年収は五〇〇万円未満との記載があるところ、この額は年金収入を考慮すれば現に監査役の役職にある者にしては低額に過ぎることは明らかであること等からすると、逆に、適格性等の判断において非常に重要な要素である職業や収入についての十分な調査、確認を行うべき義務が尽くされていない証左ということもできる。被告田村や被告竹尾は、その供述中で、原告の資産状況、取引経験等につき可能な範囲で十分調査を行い問題ない旨判断した趣旨の供述をするが、そこにいう調査の具体的な内容は結局委託証拠金として供出させ得る現有資産がどの程度あるかの域を出ておらず、適格性・適合性判断の前提としての調査が十分なされていたとは言い難い。ただし、本件においては右調査不足の点について論難するまでもなく、被告田村自身、原告が月島機械に出社して現実に執務していたわけではないことや原告の主たる収入が年金収入であることは認識していた旨供述しており、年収については五〇〇万円未満と決して高額ではないことが口座開設申込書に明確に記載されていたのであるから、原告に上記のような言辞があったとしても被告らの本件取引の適合性判断に支障を生じることはなかったものというべきである。

(五) 以上によれば、被告田村及び被告竹尾は、原告の財産状況、取引経験、年齢等について十分認識しながら、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不相応と認められる過度な取引が行われることのないよう配慮すべき信義則上の義務(適合性原則)に違反して本件勧誘行為を行いこれを受託したものというべきであるから、右勧誘行為は不法行為を構成するものと言わざるを得ない。

2  説明義務違反・危険性の不告知について

(一) 受託業務規則五条(4) は、「顧客に対し、取引の仕組み、その投機的本質及び損失が発生する可能性等、前条第一項第三号(取引の仕組み及びその投機的本質及び預託資金を超える損失が発生する可能性についての説明)及び第二項(右第三号の説明にあたっては、取引のために預託した委託証拠金額をはるかに超える金額の取引を行っている事実及び委託追証拠金制度の概要についても説明するものとする。)に規定する内容について、事前交付書面に基づいて説明をしないで加入し、受託し、または委託の取次ぎを引き受けること」を禁止している。また、被告会社の管理規則四条は、契約時の説明として、「委託者に取引の自己責任を求めるための約諾書の差入れを受ける前に、取引の仕組み及び損失のリスクについて必ず説明する旨を明確にす」べきこと、また「説明を受けたことについて委託者からの確認、委託者が説明内容を理解したことについての確認等の手続を明確にす」べきことを規定している。

これは、一般に商品先物取引が極めて投機性の高い取引である上、その相場は、需給のバランスのみならず政治、経済、為替相場等の複雑な要因で大きく変動し、その確実な予測はほとんど不可能であるから、取引に際してはかかる利益とリスクを十分に勘案した上で行うことが必要であるところ、商品取引員がその受注を独占している商品先物取引の仕組み、一般投資家は商品取引員の専門的知識・経験に基づく情報や勧奨に基づいて取引を行うのが通常であることから、商品取引員及びその使用人は、一般の消費者に対し商品先物取引の委託を勧誘する場合には、当該取引の仕組みや危険性等について十分な情報を提供し、的確な理解を形成した上、自主的な判断に基づいて右取引に参入することを決することができるよう配慮すべきであると考えられることに基づくものである。

かかる商品先物取引の特質や構造、諸規制の趣旨及び社会通念等に照らすと、商品取引員及びその使用人は、一般消費者に対し取引の委託を勧誘する場合、取引の仕組みや危険性、取引委託の方法、手順、委託証拠金制度、取引の決済方法等について的確に理解することができるよう、当該顧客の職業、年齢、商品先物取引等に関する知識、経験等に基づく理解力に応じて十分な説明を行い、顧客がその仕組みや危険性を的確に理解した上で、当該取引への参入を決断することができるように配慮すべき信義則上の義務(説明義務)を負うものというべきであり、これに違反した勧誘、受託が行われた場合には、違法な行為として不法行為を構成するというべきである。

(二) 本件についてこれをみると、前記争いのない事実等、甲一七、一八、一九、乙二、三の一及び二、四、五の一及び二、六、一四、一五、証人北條葉子、原告本人、被告田村、被告竹尾の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

被告田村は、平成一一年四月二日、午後一時から二時間半程度にわたり、コーン相場のチャート(甲一八、一九)、説明メモ(甲一七)、商品先物取引委託ガイド及び同別冊、受託契約準則等の関係資料を原告に交付して、商品先物取引の概要等、一応の規定事項の説明を行った。これに対し、原告は、先物取引の仕組み、リスク、相場が思惑と異なった場合の対処等について説明を理解した旨を、商品先物取引口座設定申込書等(乙四、五の一及び二)に記載した。続いて、同日被告竹尾が午後六時三〇分ころから三〇分から四〇分程度にわたって、再度、商品先物取引委託ガイドを用いて、取引の方法と証拠金の関係、取引のリスク、追証拠金制度等について確認的な説明を行うとともに、原告の取引意思を再確認した。原告は、これらの説明について、後日被告会社管理部から送付されたアンケートにも理解した旨記載している(乙六)。

しかし、前記争いのない事実等記載のとおり、原告は当時七九才の高齢で、退職後社会の第一線から退いたかかる取引とは無縁の生活を送っており、平成一一年四月二日に被告らからの電話で突然商品先物取引の勧誘を受けたのみで事前の研究や予備知識もなかったのであるから、その年齢、理解力に応じて殊に懇切丁寧な説明が必要と考えられるところ、被告らのおこなった説明は全体でもわずか三時間余りであって、高学歴、高職歴の保有者とはいえ引退して久しい高齢者が複雑な取引の仕組みや危険性を理解するに十分な説明を行うには甚だ不十分というべきであるし、原告も原告の妻北條葉子も結局取引終了に至るまで、商品先物取引を株取引の一種と考えていたものと認められること(甲二五ないし三〇、原告本人、証人北條葉子)からしてもこれが原告の理解度に応じた十分な説明ではなかったことは明らかと言わざるを得ない。被告田村及び被告竹尾は、原告の受け答えから十分理解されていたと認識した旨主張するが、右被告ら本人尋問の結果によっても、結局、原告は理解した風に頷きながら聞いており、特段の発問もなかったというのみであるところ、かかる複雑な取引について予備知識もなく疑問点がまったく出てこないこと自体、十分な理解に疑問を持つべきであろう。原告自身これらの説明を理解した旨関係書面に記載しているが、これは前記のとおり体裁を繕う傾向の現れと見るのが合理的である。

(三) 以上によれば、被告田村及び被告竹尾は、原告が本件取引の仕組みや危険性を的確に理解することができるよう、原告の年齢、理解度に応じ、十分説明すべき信義則上の義務(説明義務)に違反して本件勧誘行為を行いこれを受託したものというべきであるから、右勧誘行為は不法行為を構成するものと言わざるを得ない。

3  断定的判断の提供について

甲二五、二六、二九、証人北條葉子等には、被告田村及び被告竹尾が右被告らの勧める取引をすれば絶対にもうかる旨の断定的判断を示し、原告はこれを信じて取引を委託した旨、原告の主張に沿う部分がある。しかし、原告もその妻北條葉子も、当時本件取引を株取引の一種と認識していたというのであるから、取引により利益を得ることも損が出ることもあることは自明であって、特に原告の学歴・職歴に照らし、そのことを十分承知していたはずであるから、右供述等をそのまま採用することはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はないから、この点についての原告の主張は理由がない。

4  一任売買について

被告竹尾が本件各取引に際して再三原告方を訪れ、各取引を勧誘していたことは、前記争いのない事実等記載のとおりであり、口座残高照合書(乙一三の一ないし三)についてもその都度原告の確認の署名を得ていることが認められる。原告は本件取引当時、依然通常の判断力は有する状態であったことは前示のとおりであるから、本件取引が一任売買であると認めることはできない。

よってその余の点について判断するまでもなく、原告のこの点に関する主張は理由がない。

5  なお、原告は、違法性の一要素として、仕切拒否をも主張するが如きであるが、原告が仕切拒否として主張する平成一一年四月一七日以降、本件取引が終了する一九日までの間、新たな取引はなされておらず、これにより生じる損失は考えられないことから、本件請求との関係では右主張は意味を有さないというべきである。

二  損害(過失相殺)について

1  前記争いのない事実等記載のとおり、本件取引により生じた損失は、全体を通じて七七九万〇四一〇円である。原告が本件商品先物取引に参入したことについては、前示のような被告らの違法な勧誘行為はあったものの、そもそも商品先物取引が極めてリスクの高い投機的な取引であることは原告の退職以前から公知の事実であり、かかる取引に参入するについては自己責任が原則であること、原告の学歴、職歴に鑑みれば、社会の第一線を退いて久しいとはいえ十分吟味検討すれば本件取引が株式等の現物取引とは異なる商品先物取引であることを十分認識し得る理解力は有していたと考えられること、委託に際し被告田村から商品先物取引委託ガイド及び同別冊、並びに受託契約準則等の交付を受けており、これらの書面を熟読すれば本件取引の仕組みや危険性について的確に理解し得たはずであるにもかかわらずこれを熟読しなかったこと、加齢による判断力の衰えがあったとはいえ、前示のとおり本件取引の仕組み等につき十分理解ができていないにもかかわらず多分に見栄を張った部分が認められること、勧誘の電話を受けたその日のうちに八〇〇万円もの委託証拠金を預託することを決める等いささか安易で短慮に失した面があること、委託契約に際し職業等自己の適格性に関する情報開示について被告田村らの誤解を招くような言動があったことは否定できないこと等の諸般の事情を総合考慮すると、原告の受けた損害のうち三五パーセントを過失相殺することが相当である。そうすると、原告が請求し得る取引上の損害額は五〇六万三七六六円となる。

2  弁護士費用

原告が賠償を求めることができる本件取引による損害額、本件訴訟の難易等諸般の事情を総合考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、五〇万円をもって相当と認める。

3  慰謝料

本件のような事案においては、精神的損害は相当の経済的損害の賠償をもって回復されるものと考えるべきであるから、原告主張の慰謝料の請求は認めるべき理由がない。

4  したがって、原告が本件不法行為によって被った損害額の合計は、五五六万三七六六円となる。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として五五六万三七六六円及びこれに対する平成一一年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 手嶋あさみ)

別紙<省略>

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